こども日の由来や意味とは?鯉のぼりはなぜ飾るの?意味は?
ひな祭りは女の子のお祭りでしょ?
こどもの日は男の子も女の子もどっちものお祭りでしょ?
女の子ばっかりお祭りいっぱいでずるい!なんで??


この質問に答えられますか??

ひな祭りは女の子で、こどもの日は男の子のお祭りだよ。
と答えると、
ふ~ん。でも女の子だって子どもじゃん。』と納得してない様子。

確かに
桃の節句=女の子のお祭り”で、
端午の節句=男の子のお祭り”なのに
端午の節句は“こどもの日”ですよね?

質問した子どもが納得いかないのも当然…

子どもの疑問にきちんと答えてあげたいですよね?
少なくとも私みたいに子どもがモヤモヤする答えは
したくないですよね?


実は子どもがモヤモヤするのも当然。

“こどもの日”と“端午の節句”は
実は似ているようで違うのです!!


知らなかった…。
みなさんはこの違い知っていましたか??

子どもが納得するように
きちんとこどもの日の意味や由来を知って、
子どもたちをお祝いしてあげましょう!!

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どんどん変化していった端午の節句。こどもの日の意味や由来を正しく知って子どもに教えてあげよう!

こどもの日の由来は中国?!

一説によるとこどもの日の由来は
中国から来ているそう。

その昔、旧暦の5月(今で言うと6月頃)の中国では
病気を患って亡くなる人がとても多かったそうです。

なので中国では5月は悪い月、
さらに5月5日は5が2つもある
悪い日とされていました


そのためこのように
門に菖蒲や蓬を飾って
厄除けや健康祈願をしていた
ことが
由来とされています。

奈良時代にやってきた端午の節句は女性の行事だった!!

上記のような中国の風習が日本に伝わってきたのは
なんと奈良時代!

意外と歴史があるのです!!

なんとその頃は
女性のための風習だったのです。
びっくり!!

5月は田植えの時期

奈良時代の端午の節句は女性が仕事を休み、
菖蒲を飾った家に籠って
田植え前の厄払いをしていました。

五穀豊穣を祈る
行事だったのですね。

上記のような飾りの他にも宮中では
このようなくす玉(薬玉)を飾って
邪気を追い払ったりしていたそうですよ。

そしてこの頃から端午の節句には菖蒲湯に入り、
“厄除け”や“病気をしないこと”を祈っていたのですね。

何気なく入っていた菖蒲湯に
こんなに長い歴史があるなんて
全く知りませんでした


いつの時代も願いは同じなのですね!

そして!私今の今まで勘違いしていたのですが、
菖蒲湯に使う菖蒲の葉はこの花菖蒲だと
思っていたのですが、
実は違ったのです!!

図鑑を見ながら
この菖蒲の葉をお風呂に入れるんだよ~」と
子どもに大嘘を教えてしまっていました…。

実際使われる菖蒲の葉は
このようなサトイモ科の菖蒲です。

今更嘘を教えてしまったことに後悔…

しかし卒園してしまっているので
その子たちに訂正するのは手遅れに…。

私みたいにならないように
しっかり覚えておいて下さい!!


長い歴史のある菖蒲湯は
ぜひ子どもたちに教えてあげたいですよね。

こちらのサイト
http://xn--tiq99xj9bu6u.jp/shelter/435/
菖蒲湯の効能入り方が詳しく載っているので、
参考にしてみて下さいね。

頭に巻く習慣は知らなかった…。

鎌倉時代になるとガラリと変化!!

しかし女性の行事だった端午の節句
鎌倉時代になると大きく変化します。

武家社会になると、菖蒲(しょうぶ)が、
剣や弓などの武道を大切にする“尚武”や
戦の“勝負”と同じ読み方であること
から
縁起が良いとされるようになりました。

江戸時代になると正式な行事に

江戸時代になると、
徳川幕府が端午の節句を正式な行事に定めました。

当時は大名や旗本が正装して
江戸城へ行ってお祝いをしており、
更に将軍家に男の子が生まれると
玄関にのぼりを立ててお祝いしていました。

そこで黙っちゃないのが江戸っ子です!

庶民の間にもその風習がどんどん広まっていき、
江戸時代には完全に男の子の誕生や
成長を祝う行事
になっていきました。

現代の端午の節句は??

武家社会でなくなった現代の端午の節句は
どんな意味を持つのでしょうか??


1948年(昭和23年)に国会で
こどもの日祝日として
法律で制定しました。

2017年現在から69年前に
制定されたものなのですね!

意外と最近でびっくり!…

しかし子どもたちにとっては
ひいおじいちゃんひいおばあちゃん
世代なので昔なのですよね。

民主主義国家となった今、
端午の節句こどもの日となり、
こどもの人格を重んじ、
こどもの幸福をはかるとともに、
母に感謝する
と法律に書かれています。

現在では
男女関係なく子どもの成長を祈り、
母親に感謝する日
なのですね。

こどもの日が男の子のイメージが強いのは
昔の風習の名残だったのです。

また、“母親に感謝する”ということは
全く知りませんでした…。

お腹を痛めて産んでくれたお母さんに
感謝しようということでしょうね


端午の節句の由来は奥が深いですね。
しかも子どもにそのまま教えても
チンプンカンプンな表情を
されるのが目に見えます…(汗)

なので、

① 
すっごく昔に中国から
“病気やケガとか嫌なことが起こりませんように”って
いう行事が日本にやってきた


② 
日本にやってきた時は“食べ物が
たくさんできますように”って
神様にお祈りしていたこと


また、そのために女の子が
お休みする日だったこと


③ 
しばらくたってお侍さんたちがいた頃に
“男の子が強く元気に育ちますように”って
お願いする日に変わっていったこと


④ 
今では男の子も女の子も元気に育ちますようにって
お願いしたり、お母さんに産んでくれてありがとうって
感謝したりする日になったこと


この4つのポイントをわかりやすく
教えてあげると良いとおもいます。

また、実際に菖蒲の葉を見せて、
菖蒲湯についても教えてあげるのも良いですね!

冒頭で書いた“端午の節句”と
こどもの日”は
似ているようで別物の理由
簡単に言うと、

端午の節句
鎌倉時代~江戸時代にかけて行われた男の子をお祝いする行事

こどもの日
1948年に法律で決められた国民の祝日で、男女関係なく元気に
成長するようにお祝いする日、また母親にも感謝をする日


どちらも同じ日にするので
混同しやすかったのですね。

だから私は
桃の節句は女の子をお祝いする日、
端午の節句は男の子をお祝いする日、
こどもの日はみんなをお祝いする日だよ。
みんな2つずつあっていいね!

と言うべきだったのです…。

これだと子どももすっきりしますし、
2つもお祝いしてくれて
嬉しい気持ちになりますね!!


私は無知だったことから子どもをモヤモヤさせたり、
嘘を教えてしまっていたりしまっていました。。


そんな大人になりたくないですよね?!

せっかくのおめでたい日
子どもにもわかりやすく教えてあげて
一緒にお祝いしましょう!!

5月5日がこどもの日なのは実は語呂合わせだった!!

由来や意味はわかりましたが、
ではなぜ5月5日がこどもの日になったのでしょうか?
実はそこにもちゃんと意味が存在していたのです!!

そもそも“端午”ってどういう意味??

中国から伝わってきた端午の節句

しかし“端午”って聞きなれない言葉ですよね?
しかし意味はちゃんとあるのです

・端(たん)=はじめ
・午(ご)=午の日


なので端午とは
月の始めの午の日
なのです。

今でもカレンダーや手帳によっては
このように午(うま)の日など
十二支の干支が描いてある物も
ありますよね?

“午年”“辰年”など1年の干支
あるように、
“日の干支”もあるのです。

有名なのは“土用丑の日”ですね。

元々は5月5日が端午の日じゃなかった?!

このように月の始めの午の日が端午の日であり、
毎月端午の日がありました。

先程も書いたように、その中でも特に昔の中国では
旧暦の5月(現在の6月頃)は悪い月とされていましたので、
5月の最初の午の日厄払い健康祈願をしていました。

日本に伝わった奈良時代にも
5月の最初の午の日に菖蒲や蓬を飾り、
厄除けや五穀豊穣を祈願
していました。

つまり最初は5月5日じゃなくて
5月の最初の午の日が
端午の日だったのです!

5月5日が端午の節句になったのは江戸時代

やがて時代が流れていく内に端午の午(ご)
数字の5(ご)同じ響きなのと、
月の干支の午が5月だったので、
5月5日を端午の日になっていきました。

端午の午(ご)と5…
完全に語呂合わせですね。
これだと覚えやすくて良いですね

また、鎌倉時代の頃から“厄除け”よりも
“男の子が強く成長するように”との
意味合いが強くなっていきます。

そして江戸時代になると正式に
5月5日を端午の節句と定め、
男の子の成長を祈願し祝う日となりました。

なぜこどもの日も5月5日??

先程も書いたように、
端午の節句とこどもの日は
似ていますが意味が違います


ではなぜこどもの日も端午の節句と
同じ5月5日になったのでしょう?


国民の祝日法が国会で話し合われ、
1948年(昭和23年)
5月5日をこどもの日
法律で定めました。

他にも3月3日4月1日などの案もあったそうですが、
3月3日→北海道などはまだ寒すぎる
4月1日→エイプリルフールと重なる

という理由で却下されました。…

なんだかかわいらしい理由ですね。

5月5日だと気候も良く、
新緑が美しい気持ちの良い季節。

そんな時期に
子どもの成長をお祝いして
お母さんに感謝する
のは
気持ち的にも清々しいですね!!

こどもの日がこんなに紆余曲折を経て
5月5日になったのには驚きました。

そもそも
“なぜ5月5日がこどもの日なのか”
を考えたことがありませんでした…。

子どもに教える時に「午の日が…」などと
言っても難しいと思うので、


端午の節句の端午の午(ご)と数字の5(ご)は一緒だよね。
だから5(ご)月5(ご)日が端午(ご)の節句になったこと。
※“ご”を強調して話すとよりわかりやすいと思いますよ



3月3日や4月1日がこどもの日になるかもしれなかったけど、
寒かったり嘘をついても良い日だったりするから
5月5日がこどもの日になったこと


※3月3日や4月1日が何の日か
クイズ形式で伝えていくと
楽しいと思いますよ。

小学生高学年くらいになると
端午の意味も理解できると思うので、
教えてあげても良いですね!

保育園児などの小さい子どもには
まだ難しいと思うので、
この2つのポイントを
わかりやすく伝える

良いと思います。
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兜やこいのぼりは、時代や形や背景が変わっても、
子どもが健やかに成長することを願う親心から飾るようになった

私が勤める保育園にも毎年こどもの日が近づくと
大きなこいのぼりを園庭に飾っています。

おーい!こいのぼりさーん!』と
手を振る子どもや、タッチしようと頑張って
ジャンプする子どももいます!

また、クラスによっては子どもの作品を
大きなこいのぼりにして
一緒に園庭に飾る
こともあり、
あれが私の作ったの!』と
嬉しそうに教えてくれます。

子どもたちは
こいのぼりが大好きです!!


思えば私が小さい頃、男の子のいとこが産まれると
祖父母の家にもこいのぼりをあげており、
家には兜が飾っていました。

なぜ兜やこいのぼりを飾るのでしょう??

子どもたちは突拍子もないようなことや
疑問を突然尋ねてきます


タジタジになってしどろもどろになって
しまうのは嫌ですよね?!


きちんと教えてあげられるように
しておきましょう!

兜を飾る風習は鎌倉時代から

男の子の成長を願う意味に変化していった
鎌倉時代~江戸時代は武家社会

その頃はは武士にとって
自分の身を守るための大切な道具でした。

なので端午の節句には
男の子の安全と成長祈願や災いの身代わり
として兜や鎧を飾ってお祝いしていました。

鎌倉時代には武士階級の家から
広まっていきました。

の他にも
屏風も飾っていました。

現在ではマンションやアパートの家も多く、
兜のみミニチュアなど
様々なバリエーションの兜飾りがありますので
条件に合ったお気に入りを飾ってあげましょう。

【兜飾りの豆知識】
・飾る時期は?
春のお彼岸が過ぎたあたりから端午の節句の2~3週間前までに出します。
端午の節句の前日や当日に飾るのは縁起が悪いので絶対NGです!!


・片づける時期は?
実は決まっていません。

1年中飾っていても問題はないのです

ただ、場所を取ったり
季節感を大切にしたりと、
片づけたい人も多いはず


時期は特に決まっていないので、
端午の節句が過ぎて天気の良い日に
湿気やほこりを綺麗にしてから片づける

良いと思いますよ。

・おさがりや兼用でも大丈夫?
本来兜飾り災いの身代わりの意味もあります。

なので基本的には1人に1つの飾りを用意します。
子どもにとっても“自分だけの飾り”って
嬉しいですしね!

・誰が用意するの??
母方の実家が用意するケースが多いですが、
地域によって異なることも。

双方の風習を調べたり、
きちんと話し合ったりして用意して下さいね。

せっかくのおめでたいお祝いの日に揉めていて
一番悲しむのは子どもですから…

子どもと一緒に兜を作って楽しもう!

もちろん本格的な兜ではありませんよ。

新聞紙や広告を使って兜を作ると
子どもたちは大喜び!


実際にかぶって遊べるので
おすすめです!!

作り方 → http://nazenani-komichi.net/3459.html

動画でわかりやすく紹介してくれています!

正方形にして作るのがポイントですね。
ぜひ子どもたちと一緒に作って、
こどもの日を楽しんで下さい!

次に兜と同じく
端午の節句に欠かせない
こいのぼりについて。

こいのぼりの移り変わり

江戸時代の端午の節句
江戸城の将軍をお祝いする日でした。

将軍家に男の子が産まれると
のぼりを立てて祝いました。
将軍家や武家だけのお祝いだったのです。

当初は“旗物指(はたものさし)”と言って、
家紋が描かれているだけのシンプルな物でした。

実はこれがこいのぼりの原形なのです!
今と全く違いますね。

これが江戸の庶民の間にも広まっていきました。
旗物指とは違って武士や金太郎などが描かれていました。

子どもたちの幸せを願って描かれた、
なんとも江戸っ子らしい粋なのぼりですね!


江戸時代中期頃になると武者絵のぼりの図案のひとつに
鯉の滝登りの絵が描かれるようになりました。

これは
鯉が滝を登っていき、登りきると竜になるという
中国の“登竜門”の伝説が由来です。

こちらに登竜門伝説について
詳しく書かれています↓

http://www.d1.dion.ne.jp/~sira1998/mokuji5/kasaboko_syussekoi.html

そこには
子どもに出世して立派に成長してほしい”という
親の願いがありますね。

これが現代のこいのぼりの元祖です。

形は違うけれど、いつの時代も
子を想う親の気持ちは同じなのですね!


そして明治以降になるとこのように
今と同じようなこいのぼり
なっていきました。

まさに“屋根より高いこいのぼり”です

こいのぼりの歴史は古いですが、
親が子どもの健やかな成長を
願う気持ちはいつの時代も一緒

なのだと知るとホッコリした気持ちになりますね。

子どもには画像を印刷するなどして、
旗指物や武者絵のぼりのことも伝えながら
大人の願いも一緒に伝えてあげる

と良いですね!!

こいのぼりの意味

現代で見慣れているこいのぼり

この
こいのぼりの一つひとつの意味
を知っていますか?

先生あれは~?』とこいのぼりの
質問をされたことがあります。


大きいのがお父さんこいのぼりで、
次に大きいのがお母さんこいのぼりで、
小さいのが子どものこいのぼりだよ
」と
ここはクリア!

じゃあ一番上のビラビラしたのは?
と子どもの更なる質問攻撃!!

あれは吹き流しっていうんだよ」名称だけはしっていたので、
これで乗り切れるか?!と思っていたらやっぱり、
吹き流しって何?』との質問が。

お母さんやお父さんに聞いてみたらわかるよ」と
言うので精一杯でした…。

保育士だからって
何でも知っているわけじゃない。

インターネットですぐに
検索できる状況ではない。
だから仕方がない!

…その通りです。
でも本当にそれで良いですか?
私は嫌です。

こいのぼりの一つひとつの意味をきちんと知って
教えてあげられるように紹介したいと思います


まずはこちら

天球
上の丸いやつ。
これは自分の子どものことを神様に気づいてもらうためにあります。


矢車
天球の下のクルクル回るやつです。
これは魔物が来てもどこからでも矢で射貫くためにあります


吹き流し
子ども曰く、一番上のビラビラしたやつ
実は吹き流しにはと色が5色決まっています。

これは
陰陽五行説
→ http://www.geocities.jp/mishimagoyomi/inyo5gyo/inyo5gyo.htm

が由来とされており、世の中の全ての物から守る魔除けの意味が込められています。

真鯉 : 吹き流しの下の一番大きな鯉。お父さん鯉
緋鯉 : 真鯉の下の赤い鯉。お母さん鯉。
子鯉 : 緋鯉の下の小さい鯉。子どもの鯉

現代のこいのぼりも子どもが健康に育つよう
魔除けの意味が込められていたのですね。

これで子どもたちの質問にも
自信を持って答えてあげられます!!

もっと早く調べておけばよかった~!!

現代のこいのぼりにも歴史があった!

上記に書いたように
赤い緋鯉はお母さん鯉です。
…ん?
ふと疑問に思ったのですが、
こいのぼりの童謡では
小さい緋鯉は子どもたち~”と歌っている!!

どちらが正しいのでしょうか??
気になるので調べてみると。

このような感じで、
明治時代
真鯉(父)と緋鯉(子)の2匹のみ
を飾っていたのです。

そして童謡の“こいのぼり”が
作られたのが昭和6年

昭和時代になってすぐの歌だったので
緋鯉=子どもだったのですね。

イラストにも2匹しか
描かれていませんね。

昭和~平成にかけて緋鯉=お母さんになり、
子どもの鯉の数も増えていきました。

こいのぼりも日々進化していっている
のには驚きです!

少し脱線しましたが、
兜を飾るのもこいのぼりを飾るのも
きちんと意味はあった
のですね。

子どもたちに伝える時には、

① 
兜は強いから悪いことから守ってくれたり、身代わりになってくれたりする物

② 
こいのぼりの始まりは、昔は全く違う形だったけど、子どもたちが立派に
大きくなるようにお父さんやお母さんが願いを込めて作っていたことは
今も同じだということ。



現代のこいのぼりのパーツには一つひとつ意味があって、
悪いことから守ってくれる魔除けの意味も込めて飾っていること。


この3つのポイントをわかりやすく
イラストなどを使って教えてあげると、
子どもたちはきっともっと
こいのぼりが大好きになると思いますよ!!

さて昨今では
こいのぼりを立てる家
少なくなってきました。

お家にはこいのぼりないよ~
こいのぼりは保育園のものでしょ?
と言われたこともあります。

確かに我が家の手狭なアパートにも
大きなこいのぼりを飾るスペースなんて
どこにもない!


しかし今では

マンションやアパート向けのこいのぼりだったり
棚に飾れるこいのぼりだったり
兜とこいのぼりが一緒になった
置物
だったり多様な種類の兜やこいのぼりが売られているので、
ぜひ自宅にも飾って子どもの日をみんなで祝ってあげて下さいね。

また、手形や足形でこいのぼりを作ると
成長の記録にもなる
のでおすすめです!

手形や足形スタンプだけで簡単にこんなにかわいい作品がつくれますよ!
他にもこいのぼりのイベントやお祭りをしている所もあるので、
ゴールデンウィークに家族で出かけてみてはいかがでしょうか?
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関西のちまき、関東の柏餅!地域によって食べる
お菓子は様々!!


こどもの日にちまきを食べることを
楽しみにしている子どもも多いですよね!

でもちまきってこどもの日にしか
売ってないスーパーが大半


ではどうしてこどもの日に
ちまきを食べるのでしょうか??

ちまきは中国からやってきた物だった

元々ちまきのルーツ中国にあります。

みんなから慕われていた“屈原”という人が、
陰謀によって国から追い出されました。


そして国に失望した屈原は自ら川に身を投じました。
悲しんだ人々がちまきをお供えとして川に入れます。

しかし悪い龍に盗まれてしまって屈原に届きません。

そこで、龍が苦手な楝樹(れんじゅ)という
葉っぱでもち米を包み、邪気を払う五色の糸で縛って
川へ流してみると、無事に屈原のもとへ
届くようになったそうです。

その後も屈原の命日である5月5日には
お供えとしてちまきを投げ入れるようになりました。

もう少し屈原について詳しく知りたい方は
こちらに載っています
http://yulike.info/tangonosekku-timaki/

そして端午の節句と共に
この屈原の話とちまきの習わしが
日本に伝わってきました。

日本でもちまき
邪気を払い、無病息災の意味がある
と考えられ、子どもが無事に育つように
ちまきを食べるようになりました。

これがちまきを食べるように
なった始まりです


今は中国でも端午の節句に
ちまきを食べる習慣
がありますが、
日本のちまきとは違います。

もち米に具材を入れて蒸して作ります。

日本でも“中華ちまき”として売っているのを
見たことある人もいるのではないでしょうか??

対して日本ではこのように和菓子として
売られているのが一般的ですよね。

どちらもちまきの持つ意味や願いは同じなので、
こどもの日に願いを込めてちまきを食べましょう!

日本で生まれた柏餅

しかし私はこどもの日の食べ物=柏餅で育ってきました。
ちまきをあまり食べた記憶がないのです。

なぜ柏餅もこどもの日に食べるのでしょう??

柏餅を食べる習慣が始まったのは
なんと江戸時代!
ちまきよりも新しいのですね。

元々柏の葉は神様への
お供え物の器として
使われていた神聖な物。

そして柏の木は新しい芽が出るまで
古い葉は落ちないことから、
子孫繁栄の意味を持つ縁起の良い物でした。
これが柏の木と葉です。

江戸時代、武家にとって家系が
続いていくことが何より大切なこと


そこで子孫繁栄の意味を持つ柏の葉
お餅を包んでできたのが柏餅です。

その後は武家だけでなく庶民にも柏餅が広まり、
現在でも食べられるようになりました。

ちまきとは違って、柏餅には
“子孫繁栄”“家系を絶やさない”
という意味が強いのです!

しかし“子どもが健康に大きく育ちますように
との願いはどちらも同じですね。

関東と関西ではこどもの日の食べ物が違う?!

先程も述べたように私は
こどもの日にちまきを食べた記憶がありません

実は関東と関西でこどもの日に
食べる食べ物に違いがあったこと
一因していたのです!!

日本独特の食べ物である柏餅
子孫繁栄が命題だった武家の間で
食べられるようになったことから、
関東では柏餅をこどもの日に
食べる家が多い
のです。

一方ちまきが日本に伝わった頃、
都は近畿地方にありました。

そこから関西に広まり、
関西ではちまきを
こどもの日に食べる家が
多い
のです。

また、
柏の木は関西では自生しないことも
関西でちまきが食べられることが少ない理由
のひとつです。

ちまきにも関東と関西とでは違いがあり、

関西のちまきはういろうのようなお菓子です。

対して

関東のちまきは中国と同じような
おこわが入ったちまきが一般的
です。

関東と関西でこんなにも違うのですね!

他にも
地域独特のこどもの日の食べ物
もあります。

べこ餅

主に北海道や青森で食べられる端午の節句のお菓子
“牛のようにたくましく”との願いを込めて

笹巻

山形で食べられる端午の節句のお菓子
無病息災立身出世を願って食べられています。

南庄内地域では灰汁で煮る風習があり、
黄色くプルンとしているのが特徴。

笹巻

島根で食べられている端午の節句のお菓子
子どもがすくすく育つようにと願って食べられます

同じ名前ですが山形とは形が全くちがいますね。
まき粉という粉で作った円すい型の団子を
笹の串に刺してつくります。

麦団子

徳島の脇町の郷土菓子
旧暦の5月5日に収穫した麦を粉にして作った団子を
サンキライという葉で挟んだ物


子どもの成長を願って
ちまきや柏餅と一緒に食べられます

くじら羊羹

宮崎で食べられる銘菓
鯨のように力強くたくましく育つようにと
願いを込めて食べられています


端午の節句にも食べますが、
地域のお土産としての需要もあります。

灰汁巻き

鹿児島や南九州で食べられる端午の節句のお菓子
山形の南庄内で食べられている笹巻と似ていますが
形が全く違いますね


強くたくましく育ってほしい
願いを込めて食べられます。

ちんびんとぽーぽー

沖縄で食べられる端午の節句のお菓子
黒糖を入れた甘い生地を巻いて作るのがちんびん
小麦粉を溶いて薄く焼き、味噌などを入れて巻いて
作るのがぽーぽー


ユッカヌヒーと呼ばれる沖縄のこどもの日の
旧暦の5月4日(現在の5月下旬~6月上旬頃)
無病息災を願って食べられます。

こどもの日の食べ物=ちまきと柏餅だと思っていたら、
地域によってこんなに様々な食べ物があるのですね!!

全く知らなかった~
ぜひとも全て食べてみたいです!

子どもたちにちまきや柏餅の話を伝える時に
屈原という人がいてね…”と
最初から細かく話しても、
おそらく退屈してしまいますよね。

そこで、

ちまきは、大昔に中国のすごい人のお供え物として作られたこと。
悪いことから守ってくれて、病気にならないように願いを込めて食べること。



柏餅は日本でできた物。子どもが元気に育ち、子どもや孫がたくさん
できますようにと願いを込めて食べること。


関東と関西では子どもの日に食べる物が違うこと。


地域によっても食べる物が違うこと。

この4つのポイントをわかりやすく伝えると、
子どもたちも願いを込めて
ちまきや柏餅などを食べると思いますよ。

気持ちを込めて食べると
きっと願いが叶います!


可能なら実物を見せて
あげるのも良いと思います。
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まとめ

1.
無病息災や五穀豊穣を願って中国から伝来した端午の節句
武士の時代になると男の子がたくましく育つように願って
端午の節句は男の子のお祭りになった


同じ日のこどもの日は男女問わず子どもの成長を願い、
お母さんに感謝する日である

(端午の節句とこどもの日は似ているけれど違うので注意!)

2.
端午の節句は元々月の最初の午の日
それが江戸時代になると、端午の午(ご)の語呂合わせで
5月5日が端午の節句になった


また、暖かい気候の中でお祝いできるように
5月5日こどもの日と法律で決まった。

3.
兜を飾るのは子どもの安全と災いの身代わりになってもらうため
こいのぼりは昔とは形が全く違うけれど、
今も昔も子どもが健やかにたくましく育つようにと
願いを込めて飾られている


4.
こどもの日にちまきを食べるのは、昔の中国の風習が伝わり、
邪気払いや無病息災を願って食べられるようになった


また、柏餅
子孫繁栄の意味を込めて
食べられるようになった。

そして
関東と関西、地域によって
子どもの日に食べる食べ物は様々

である。

端午の節句やこどもの日
こいのぼりを飾って、お菓子を食べる日
としか思っていませんでしたが、
こんなにも歴史があったのですね。

なんだか難しい話だったり、
時代によって意味合いが違ったりして
ややこしいこともありますが、
わかりやすく子どもたちにも
教えてあげたいですね!!


5月5日の端午の節句とこどもの日
子どもたちの成長を願って
一緒にお祝いしてあげましょう!!

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